ニュージーランドといえば多様性社会の国と思い当たるけど、具体的に何が多様なんだろう?答えは人それぞれでしょう。私には社会的弱者への取り組み姿勢に多様性が表れているように思います。
日本にいるとそもそも海外情報も多くない上に、ニュージーランドに関する情報はさらに少ないんですよね。そこで今まで日本に入ってきた大きな出来事をいくつか見てみましょう。
- 2011年2月 クライストチャーチの大地震
- 2017年3月 世界一若い女性首相誕生
- 2019年3月 モスク銃乱射事件
- 2019年9月~11月ラグビーワールドカップ
これらから多様性のイメージへとつなげることは難しいかもしれませんが、上記のうち2番目の世界一若い女性首相誕生や、3番目のモスク銃乱射事件は背景に多様性が存在します。
中でも現在も引き続き首相続投している女性首相 Jacinda Ardern(ジャシンダ・アーダーン)の存在は私の中で大きく目が離せません。就任当初37歳、「世界一若い首相」としてニュージーランドを率いて以来「ニュージーランド=関心の高い国」となっていったのです。
多様性を示す上でマスコミをにぎわせている女性首相やニュージーランド議会のお話はのちほどお話します。今日一番お伝えしたいとは実はニュージーランドのスーパーマーケットのお話なんです!
え?議会との関係は?スーパーと多様性?品ぞろえが多様なの?従業員の構成要素が多様なの?色々と疑問があるでしょう。
私にとってニュージーランドの多様性と言えば、議会よりもCountdownというスーパーの「取り組み」。そういうわけで、多様性を示すCountdownやその周辺のことなどを紹介させてください。同時に日本の多様性についても考えていきたいと思います。
多様性を表すニュージーランドの議会
ニュージーランドの多様性理解の助けになるので、まずはニュージーランド議会のお話から始めます。
ニュージーランドで世界最年少女性首相が誕生した翌年2018年6月、その首相Jacinda Ardaranは未婚のままパートナーとの子どもを出産、同じ年の9月末には国連に3ヶ月の乳児&パートナー同伴で出席!大胆な行動と共に、「(自分の行動が)未来のスタンダードになることを望んでいる」と外国メディアに語っています。政治世界のジャンヌダルクのようで頼もしい!(出典:CNN)
さらに4年後の2020年10月には首相再任選挙。結果は本人が再選されただけでなく、一新された議会自体も「これまでで最も多様性に富む」という話題提供もしました。多様性の内容は以下の通りです。
- 最大与党(64議席)の半数以上が女性
- 与党のうち先住民マオリの議員は16人
- 元難民のアフリカ系の候補者が初当選
- スリランカ出身議員が選出
- 120議席中、性的マイノリティを12人が公表
- 多くの年配白人男性議員が今回の選挙で「一掃された」
- 新たに選出された議員の多くはミレニアル世代
(出典:HUFFPOST, The Guardian)
この議員構成の多様性を可能にしているのは、ニュージーランドが建国から200年という国の若さもあるのかもしれません。日本と比べた時、政治家たちの背景や政治思想が著しく多様であることは一目瞭然ですね。
社会的に少数派に属する人たちが安心して暮らせる国、それが多様性国家だと思うのです。多様な議員たちが選ばれる国、ニュージーランド。その国のスーパーではどのような多様性ぶりが発揮されているのでしょうか。
ニュージーランドのスーパーCountdown
ニュージーランドの多様性について具体的に体験できる機会があるんです!議会見学ではありませんよ、ニュージーランドにお越しの際は、是非スーパー”Countdown”に足を運んでいただきたいのです。
このCountdown(カウント・ダウン) をおすすめする理由は、その取り組みで”Quiet Hour”というもの。自閉症患者とその家族たち(社会的弱者たち)に対し、時間限定で「店内音量と照明の配慮をする」”Quiet Hour”(静かな時間)と銘打った特別サービスを週に1回1時間だけ提供しているのです。
このスーパーの概要を紹介します。ニュージーランド2大大手チェーンスーパーの一つで、店舗数はニュージーランド全土に180店舗、売り場面積は日本のイトーヨーカドーやジャスコくらい。
ニュージーランドの人口が日本の4%、500万人。イトーヨーカドーとジャスコの店舗数が合わせて日本国内に650店舗ほど。人口比率で考えると、180あるCounddownの店舗数は多いように見えます。
親会社はオーストラリアに拠点を置くWoolworth(ウールワース)というスーパーで、親会社同様オーガニック野菜や食品などナショナルブランドによる安くて安全性の高いオリジナル商品を充実させていることも売りの一つです。
またこの会社は”Quiet Hour”以外に、アルツハイマー型認知症患者、フードバンクサービスを始め、いくつもの社会貢献活動も同時に取り組んでいます。
“Quiet Hour” ~Countdown をおすすめする理由~
話の中心となるCountdownの取り組みについて詳しくお話します。このスーパーでは週に一回、一時間ほど“Quiet Hour”というものを実施しています。これはAutism New Zealand (NZ自閉症支援の会)と連携している取り組みで、特定曜日の特定の1時間は以下のことを取り決めています。
・店内はほぼ無音(館内放送カット、バーコード読み取り音小さく)
出典:Quiet Hour – Countdown HPより
・照明も暗くする
・品出し最小限
・ショッピングカートの集積所からの回収も最小限
日本でワールドカップラグビーのあった2019年の年末、試験的に1店舗だけ実施された後、全店舗・毎週実施へとつながっています。
実は私自身スーパーでかかっている音楽や、セールスのアナウンスをうるさく感じていて、冷蔵ケースからは電気音のような低周波音?がすることが嫌で、どのスーパーのどの冷蔵ケースから音が出ているか把握しているほど。喫茶店ではBGMの音量が大きいので下げてもらうよう頼んだことも一度や二度ではありません。(顔をおぼえられているかも!)
神経質だと思われることが嫌で、上述したような音が騒音に感じることを家族以外に言うことはなかったのですが、このような取り組みが日本のスーパーにあったならば、真っ先に利用します!
ところで、私のような人間にも助かるこの取り組み、そんな私よりも遥かに切実に必要だと思われる自閉症症状者もいるわけです。その数がどれくらい存在するのかを調べてみました。
自閉症症状のある人の割合
日本、ニュージーランド双方を以下の観点で比較しながら見ていきます。
・人口数
・自閉症症状者の推定数(割合から算定)
ANZ: Autism New Zealand (NZ自閉症支援の会) によると、自閉症症状のある人の割合は、54人に1人。つまり2%。(出典:Autism NZ Every step together)
一方の日本では以下の情報を見つけました。
自閉症やアスペルガー症候群などの「自閉スペクトラム症(ASD)」に該当する5歳児の割合が、3.22%に上る可能性があると、弘前大(青森県弘前市)大学院医学研究科の斉藤まなぶ准教授(児童精神医学)らのグループがこのほど発表した。
2020年6月7日 日本経済新聞
自閉症症状のある人の推定割合は、正確には両者は異なりますが、ほぼ大勢に影響はない範囲です。今回はニュージーランドで示されてる低い方の割合2%を基準として、人口をもとに計算しました。(出典:StatsNz、総務省統計局)
国 | 人口 (万人) | 推定自閉症・ 症状者(万人) |
ニュージーランド | 500 | 10 |
日本 | 12,500 | 250 |
ニュージーランドの推定自閉症症状者数が10万人です。Countdownの取り組んでいる”Quiet Hour”の主な対象者がこの10万人です。ニュージーランド全土180店舗が大きな役割を果たしているのは、この10万人だけではありません。買い物をする当事者は、寧ろ自閉症症状者の保護者・ご家族の方が多く、一緒に買い物をする際に大きな困難を抱えられているからです。この話は後ほどしますね。
そういうわけで、自閉症症状者+一緒に買い物をする人の推定人数は最低でも20万人以上いると計算できるのです。この20万人に対し、安心して買い物できるスーパーが180店舗。先ほどイトーヨーカドーと比較した時には多いように思えたCountdownの店舗数ですが、切実に必要としている人たちにとっては案外少ない数なのかもしれないと思い直しています。
一方の日本を見ると、推定自閉症症状者数は250万人。都道府県別人口ランキング13位京都府258万人なので、それより少し少ない人数です。自閉症症状者数を人口の2%と少ない割合で見積もっている上に、ご家族、そして私のように音に敏感な人の数も含めたら、Quiet Hourを必要としている人は、500万人を軽くこえることが容易に想像できますよね?東京都民が1,400万人ですから半数近くです。
これほど多くの人たちが”買い物”という、日常生活に欠かせないこの行動に大きな困難を抱えられていることを想像できるでしょうか。とはいえどのような困難を抱えられているか、当事者でないとわからないことも多いですよね、実際に見ていきましょう。
買い物困難者の声
日本で買い物に困難を抱えられている方々が今この時も、日本全国に相当数いらっしゃることは想像できますが、実際のご苦労をリアリティを持って理解することができません。調べてみたところ、体験談がwebページに掲載されていました。
・発達障がい児を抱えていると親もしんどいです。もちろん、本人が一番つらいのは分かっています。でも一緒にいる親だってつらい。違う意味でつらいのです。
・(スーパーで)「すみません、すみません」と下を向いて謝りながら、早々に買い物を切り上げて帰宅。買い物後のこのどうしようもない虚脱感。買い物って私にとってはちょっとしたストレス発散といいますか、楽しかったものだったのですが、疲労困ぱいし、家にいても何もしたくない状況に陥っていました。
・正直、買い物なんて行きたくなかった。でも行かなくちゃいけない時だってある。
発達障がい児を抱えて買い物をする親の気持ち-『息子は自閉症。ママのイラスト日記』(19)HUFFPOST
リアルな言葉が胸に迫ってくるお話です。確かに障害を持っている本人は周囲の理解が得られずつらいでしょう。でも、共感したいけれどできない上に、周囲から救いの手が差し伸べられにくい家族もまた、異なる意味でしんどいのだと現実として理解できました。
また、誰も悪いことをしていないのに、「すみません」と繰り返し謝らざるを得ない状況は、身につまされるし、寧ろそのような環境に私も加担しているようで申し訳なさまで募ってきます。
記事内容には上述以外に無知な一般客がほんの親切心でしたことが却ってこの親子にとってはアダとなっている場面も描かれていて、Quiet Hour があればこの親子も救われていた局面があったのに!と思わずにはいられません。そして自分が日本のスーパーで働いていたとしたらどうしたかを想像しました。
- Quiet Hourを提案した?
- それ以外の何かを提案した?
- 無関心を装った?
さらにスーパーで働いていなくても、私にできることは何だろう?とも考えてみました。
Countdownの社会貢献は、三方良し!?
このQuiet Hourの活動を通して一見Countdown側がサービス提供者で、自閉症症状者及びその家族などのスーパー利用者側だけがメリットを享受しているように見えます。でも、私にはCountdownも同時に以下のような点からメリットを享受していると思っています。
- 自社のイメージアップ ⇒ 一定の宣伝効果が上がる
- 競合他社の先駆け活動(新規市場開拓) ⇒ お客さんの中には想定対象者以外の人たちも来店する可能性あり(年配者や、持病を持っていて音に敏感な人など)
- 特定の顧客獲得(顧客囲い込み) ⇒ 自閉症症状者、その家族はその限られた時には必ず来店
場合によってはCountdownが企業として「偽善的な活動をしている」と捉える人もいるかもしれませんでも、その「偽善的な活動」によって救われる人が確実に存在しているわけで、ここでの「偽善」を悪いこととは到底思えません。
試験段階時点のことですが、多くの人たちがこの取り組みに賛同していて、少なくとも反対の声がないことを以下の現地ニュースが伝えています。
全て英語なので概要をまとめます。
- ターニャさん(自閉症の会教育長)の話1
自身の体験談から、自閉症のお嬢さんとスーパーで起きたことの大変さを語られています - 取り組みのきっかけ
始まりは、自閉症を持つ子供を抱える従業員の提案でした - Quiet Hour へ移行の瞬間
日常からQuiet Hourへ切り替わるスーパー店内のリアルな様子が映像と音で伝わってきます - 自閉症の青年と、その母親
青年が自閉症と診断される前のこと、Quiet Hourのおかげで満足のいくショッピングタイムをすごせていることなどの話と、その2人が買い物で取り交わす会話や楽しむ様子がリアルです - 店員さんの体験談
Quiet Hour に癒しを感じていること、当たり前に思っていたが、普段は寧ろ必要以上の音量や強い光の下で働いていたことに気づいたこと、結果的にこの時間を楽しみにしていること - ターニャさん(自閉症の会教育長)の話2
Countdown側は、inclusive(※包括・包摂的)な取り組みだと言っているけれど、その言葉自体意味をなさない時が来ることを期待している (※包括・包摂:ここでは「社会的に排除されていた特殊な人々を社会の中で普遍化する」という意味で使われています。) - 他社への影響
ニュージーランド国内にある小売チェーン店2社も、同様の取り組みを検討中
上述2.取り組みのきっかけですが、Quiet Hour の始まりが自閉症のお子さんを持つ従業員からの提案だった、ということは想定外でした。スーパー利用者あるいはAutism NZからの要望かな、と勝手に想像していたからです。
上述5.店員さんの体験談からは社員の啓蒙活動の働きも担っていることがわかります。つまり、顧客であるスーパー利用者にも良し、企業Countdown にも良し、そこで働く従業員にも良しと、三方良しの仕組みができていることには驚きました!
また上述6.ターニャさん(自閉症の会教育長)の話2で「インクルーシブ(包括的・包摂的)と言う言葉自体が時代遅れになることを楽しみにしているわ」というターニャさんはアッパレ!言葉にはご自身の経験に基づく圧倒的な重みがあります。これだけのことをメディアに対してハッキリと言えるなんて、ニュージーランドはジャンヌ・ダルクが誕生しやすい土壌がある?…のかもしれません。
日本の多様性
2020年にラグビーワールドカップが日本で開催された際「日本チームの強さの秘訣は代表選手たちの多様なバックグラウンド」というようなことをマスコミは報道しました。日本の雇用現場でも「企業ダイバーシティ(多様性)」を謳って、従業員(特に女性)が働きやすい環境を整える取り組みが見られます。私はこの「多様性」の使われ方に違和感を覚えています。
多様性ってスポーツチームの強さとか、一部の人の労働環境改善のためにあるものではなく、日常生活に根差した切実な問題が関わり、弱者に対する想像力を働かせて手を差し伸べる行為に根差しているものだと思うからです。
一方でご紹介したニュージーランドにしても、議会もCountdownにしてもニュースになるくらいですから、多様性が随所に発揮されているとは言い切れないはず。Quiet Hourの取り組みも2019年からですし、Countdown以外のスーパーでは展開されたという話を耳にしません。多様な議会が誕生したのも2020年で、どちらのケースも比較的最近の話ですから、実は多様性文化の歴史も長いわけではなさそうですね。
日本も以前に比べると弱者に手を差し伸べている非営利団体や企業は確実に増えています。単にニュージーランドと比べて目に見える形で表に出てこないだけなのだと期待しています。
- 日本において多様性を表す活動はどの程度存在しているのか?
- みんなが安心して生活できる社会に向けて私は何からすべきなのか?
- そして包摂性、多様性と言う言葉自体が時代遅れになる日が日本には来るのか?
色々な疑問が次々と湧いてきます。
まとめ
以上ニュージーランド議会の構成員やおすすめスーパーCountdown の”Quiet Hour”の取り組みから、多様性に富むニュージーランド情報をお届けしました。同時にニュージーランドと比較して日本の多様性について抱いている疑問も書き連ねました。
その中で日本がさらに多様性に向かう一歩のカギとなるものが3つあると考えています。
- 想像力を持つこと
- 知ること
- 声をあげて知ってもらうこと
「色々な立場の人がいる」ということを想像する。他者に思いを巡らせ、できないこと気は異なる立場の人のことを「知る努力」をする。でも知ることには限界もある。だからこそ、自分が困っている場合には「声をあげて」他人に「知ってもらうこと」も同じくらい大事だと思っています。
「知ってもらう」なんてとんでもない?確かに弱点はできれば知られたくないですよね…でも、み~んな持っているもの。弱点の大小を比較して隠したりしたところで生きにくさは変わらないと思うんです。
日本人の美徳でもある「相手に迷惑をかけたくない」精神もありますよね?でもその「迷惑」って案外思い込みや思い過ごしかもしれないし、まして「困っていることを”知ってもらうこと”」は迷惑だとは思えないし、まして悪いことでは全くない!
助け合いも弱点カバーも全てお互いさま!お困りごとは言ったもん勝ちだと思うんです。何よりも、このCountdown の”Quiet Hour”の取り組みこそ、自閉症のお子さんを持つ従業員が「声をあげる」ことから始まったのです!しかも2019年、日本もまだまだ遅くない!!
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