「子ども食堂」ときくと、子どもが運営している「食堂ごっこ」みたいなお店?と思っている人もいるかもしれません。
実際には、「子ども食堂」という言葉が使われ始めた当初は、貧困家庭や孤食を余儀なくされる子どもを対象に提供していた民間の食堂サービスでした。(自治体が支援するケースもある)
2016年くらいから運営者の目的や趣旨が変わり、その対象者も、貧困世帯やワケアリの子どもでは全くなくなってきました。
みんなが安心して利用できる場所へと変遷してきているようです。
恥ずかしながら、私自身「困っている人の救済の場」という漠としたイメージをもっているにすぎませんでした。
子ども食堂を始めることになった友人の話をきっかけに、その仕組みや現場の実態を学習させていただき、認識不足による安易な発想を猛省したのでした。
この記事では、「知っているようで実はあまりよく知られていない」子ども食堂のこと、そこを取り巻く問題まで掘り下げてお話しします。
子ども食堂を知ることは、地域が抱える問題を知ることでもあり、次世代、引いては日本に将来に関わるカギとなる要素がいっぱい。
こども食堂について知ってください!
子ども食堂って?
子ども食堂って何なの?ということからまず解説します。
実は子ども食堂の明確な定義はありません。そういうわけで、メディアや官公庁の文言を二つご紹介します。
地域の大人が子どもに無料や安価で食事を提供する、民間発の取り組み。貧困家庭や孤食の子どもに食事を提供し、安心して過ごせる場所として始まった。そうした活動は古くからあるが、「子ども食堂」という名前が使われ始めたのは2012年。最近は、地域のすべての子どもや親、地域の大人など、対象を限定しない食堂が増えている。食堂という形を取らず、子どもが放課後に自宅以外で過ごす居場所の中で食事を出しているところもある。
朝日新聞2016年7月2日付朝刊
近年、地域住民等による民間発の取組として無料または安価で栄養のある食事や温かな団らんを提供する子供食堂等が広まっており、家庭における共食が難しい子供たちに対し、共食の機会を提供する取組が増えています。
農林水産省WEBサイト
以上よりわかることがあります。
- 子ども食堂には色々な形態があり、それぞれ独自形態で運用されている
- 取り組み対象が「貧困世帯の子ども」→「居場所を求めている人」「その”場所”に行きたい人」へと変わってきている
つまり、食堂という名前通り、食事を提供してはいるものの、本質的には”地域”コミュニティであり、みんなの居場所へと変わってきていることがわかります。
その役割は老若男女問わず安心できる居場所づくり。実際に運営される方々の多くは「多様な人々の受け入れ」「地域の居場所づくり」を強く意識されているのです。
なんとな~く「人とのつながりが欲しい」「居場所がない」と思ったら、とにかくまずは利用してみたらいい、そんな場所なのです。
一方で子ども食堂が近くにない、など、行きたくても行けない人もいるかもしれません。子ども食堂の数は増えつつあるものの、ニーズに応えるほど十分ではないという課題もあるのです。
子ども食堂の数
子ども食堂の数は十分ではない、という話をしましたが、全国でどれくらいあるのか見ていきます。
2021年には全国で6,007箇所。(2021年12月21日むすびえ調査結果はコチラ)。
一方で日本全国の小学校が20,095校(2017年)。(小学校の数:2017年時点での統計(文部科学統計要覧(平成30年版)コチラ)
単純計算で、子ども食堂の数は小学校数の3割、つまり3つの小学校の学区に1つの子ども食堂がある、正確にはしかないという状況。
なぜ小学校の数が比較の対象となっているか?というと、子ども食堂には、「子どもが一人でも行ける」ということも大事な要素の一つだから。
学区外の遠方に子ども食堂が存在していたらどうなるか?
- そもそもその子ども食堂の存在を知らない
- その子ども食堂に行きたいけれど行けない
ということが大いにあり得るのです。
とはいえ、子ども食堂の数は、実は年々増加傾向に。これでも子ども食堂の数は前年より1,047箇所も増えているのも事実。
上述の結果報告書の中には「コロナ禍でも子ども食堂が増える理由」という調査結果があったので、ご紹介します。
- ソーシャル・ディスタンスを求められたことで、つながりを意識する人々が増加
- (コロナ禍による)子どもたちの居場所減少に危機感を抱く⼈々が多数存在
- エッセンシャル(命・暮らしに不可⽋)なものを⾒直す機運の⾼まりによって、⾝近な場所での安⼼感創出への意識が増加
- 「地域の持続可能性」を⾼める効果をこども⾷堂に⾒出す⼈々の増加
一般的には、コロナが子どもにもたらしてきた負の面が強調されがちですが、この結果を見ると禍転じて福となったのかもしれません。
子ども食堂数の増加は、人とのつながりや命といった人間の本質的なことに気づかせてくれるできごとだったことが表れているようですね。
むすびえ紹介
先ほど、子ども食堂の数が少ないという話をさせてもらいましたが、その根拠となるデータの提供元が「NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」という団体。
話が少し逸れますが、子ども食堂を取り巻く環境について関係があるので、ここで紹介させてもらいますね。
実は子ども食堂の実態や全貌把握をしている組織や個人が存在しません。
厚労省や、文科省といった官公庁が運営している子ども食堂など一つもなければ、国の規制すらない。
自由な運営形態で、全国各地で子ども食堂は展開されている、と言っても過言ではありません。
そういうわけで、誰も実態や食堂数も把握していなければ、お互い助け合うようなネットワークもありません。
厚労省や農水省、地方自治体も活動をしていますが、サポートしてもらうには少し足りないところがあります。
そこで、それを補完する役割を担っているのが、「NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」。
この「むすびえ」が、子ども食堂に関する調査、募金、イベントといった働きかけをしているおかげで、実態の概要把握、自治体への情報提供、子ども食堂の運営サポート、といったことが可能になっているんです。
調査・研究事業以外にも、以下のような事業展開をしているので、興味のある方はそれぞれのリンクを参照してみてください。
活動目的
さて、子ども食堂の概念、全国の数や、ネットワーク不足の話をさせていただいたので、この先は、そもそも子ども食堂ってなんのため、誰のためにあるの?という運営目的に進みます。
貧困救済から、コミュニティづくり、居場所づくりへと機能が変わってきているよ、ということを最初の方に触れました。
全国の子ども食堂の運営者のうち、どれくらいの数の方々がそれを意識されているのか、実際にアンケート調査結果で具体的に見ていきます。
これについては農水省がアンケート調査を実施しています。全貌把握に即したものとは言えませんが参考にはなるので見ていきます。
農林水産省実施アンケート結果(実施:2017年10月)。詳しくはコチラ
- 多様な子供たちの地域での居場所づくり(78.8) 単位(%)
- 生活困窮家庭の子供の地域での居場所づくり(60.6)
- 子育ちに住民が関わる地域づくり(58.8)
- 生活困窮家庭の子供への食事支援(55.5)
- 子供たちにマナーや食文化、食事や栄養の大切さを伝えること(37.6)
- 高齢者や障害者を含む多様な地域の人との共食の場の提供(36.5)
- 学習支援(25.2)
上位3つに「地域」という言葉が含まれていることから、子どもたちの居場所作りが、地域づくりと密接に関係していることがわかります。
やはり貧困対策の要素を含みつつ、「居場所づくり」、地域住民たちへの「安心感提供」が主たる目的のように受けとれます。
一方で運営サイドである大人たちも「子ども食堂の取り組み」を通して、地域とよりつながれるはずです。その地域の「みんなの場所」に集まることで、それぞれが育てられていくイメージが湧きます。
活動目的の中にアンケート結果にはありませんでしたが、在日外国人たちも、子ども食堂を通して日本社会になじんでくれたら嬉しいなと、海外暮らしの経験から願っています。
イメージは昔のあの人たち
アンケートには明記されていませんが、SDGsが掲げている「誰一人取り残さない」という理念を、多くの子ども食堂は目的としています。(詳しくはコチラSDGs)。
だからと言って「取り残された子たち」を必死になってかき集めているわけでもない。
こども食堂の中には、子ども同士が駆け回り、その横で普段は忙しいお母さんたちが子育てから一時的に解放されるひと時を楽しんでいるところもある。
また、ご飯を食べるついでに宿題をしたり、勉強を見てくれるお兄さんや学校の先生がいる、ところもあります。
多くの運営者たちの原点は昭和に多数存在した地域の「世話好きのおっちゃん、おばちゃんたち」なのです。
自身の思い出と地域の関係
世話好きおばちゃんたち、で思い出したことがあります。
友達と旅行で岩手の厳美渓を散策していた時のことです。
犬の散歩をする地元の年配女性とそのお孫さんに出くわし、立ち話をしているうちに家に招いていていただき、お茶菓子をごちそうになったのです。
全くのよそ者としてその土地を訪れている感覚から、迎え入れられた大きな安心感につながり、このことは強く印象に残る旅の最高の思い出です。
旅ですら良い思い出になるわけですから、初対面の私に大きな安心感を与えてくれる「おっちゃん、おばちゃん」たちの地域社会への貢献度は計り知れません。
ところが、そのような方がの存在が激減してきて初めて気づいたのです。
おっちゃん・おばちゃんたちにその昔お世話になった人、直接お世話にはなっていなくてもおばちゃんたちの不在がどれほど大きな損失かということに。
このように「ちょっとお節介を焼くことでみんなを笑顔にしたい」「地域を楽しいところにしたい」、という人たちが子ども食堂の活動を支えているケースが少なくありません。
「貧困を救済したい」という思いはどちらかというと希薄であることがわかります。
生活の大前提は安心感?!
世話好きのおばちゃんたちの目指す、楽しい地域、それは、まぎれもなく「安心感」の提供です。
でも安心できる場ってどういう場なのでしょう?
私は、地域住民に気兼ねなくSOSを出せる環境=「安心感のある場」だと思っています。
子ども時代の思い出が2つあります。どちらも親に叱られて追い出された時のこと。どんだけ叱られてんねん!!(笑)
1つは異国の地アメリカ!
親に追い出されて玄関の外で一人たたずんでいたところ、隣のアメリカ人のおじいさん(親しくさせていただいていた)が出てきて、一緒に家に入れてもらうように親に交渉してくれました。
正確には、「親への忠告」。
「アメリカは危険な国だから、しつけの方法としてこれは不適切」と、温かいお叱りを受けたようです(笑)
2つ目は日本。同じく親に追い出されて夜道をはだしで(マジです!)トボトボ歩いていたら、夜にも関わらず、近所のおばちゃんに出くわし、家まで送り届けてもらったのです。
今思い返すと、これは偶然ではなく、どこかで見ていてくれたのだと思います。
国をまたいで地域の人たちに救われてきた思い出ですが、実は追い出した親こそが救われていたと今となっては確信しています。
インターネットもない時代、海外がどれほど危険なのか、情報がなかった両親。
日本しか知らない無知な駐在員家族は、地域に助けられ、安心感をいただいていました。
この「安心感」あってこそ生活が成り立っていたのです。
安心感のバトンを渡す必要性
ところが問題は、今の子どもたち・親たちにとって「安心できる場」が減ってきていること。
生まれた時から世話好きのおじちゃん、おばちゃん不在が「当たり前」。若いママ・パパもそのような環境で育った。
このようなケースが珍しくなくなってきているかもしれません。
むしろ「地域に安心感がない」という実感が親子共にない状況なのかもしれません。
つまり、親子ともめちゃくちゃ安心感のある地域とは思っていないけれど、そうかといって不安感を抱いて生活しているわけでもない状況。
でも、そのような環境で育った子どもたちがそのまま親世代になったら、その地域社会はどのようになると思いますか?
→ 不安感を抱かないので、助けを求める機会が少ない、あるいはない。
→ 逆に不安感を持ち、助けを必要とする人の気持ちや立場がわからない。
→ 悪意なく、そういった人たちに救いの手を差し伸べることの想像力が働かない。
→ お互いが孤立する傾向に
→ お互いが助けを求められない状況
このような状況は、自己責任が個人にのしかかり、身近な他者に過度の遠慮、無関心、排他的な態度を取る社会です。
そんな寂しい社会、本当は誰も求めていないと思うのです。
地域の人との「つながり」を体験るすことで、様々な人との触れ合いを通して「多様性」を学び、さらに「助け合い」を学び、それらが「安心感」につながる。
こういう安心感を周囲に拡げ、引いては次世代につなげていく「安心感のバトン」は人間にとって必須要素!
子ども食堂の目的が「貧困」から、色々な人たち、どんな人でも集うべきに変わってきているのは、このバトンのイメージが大きいのでしょう。
利用方法、利用条件は?~
さて、子ども食堂のことは何となくおわかりいただけたところで、どんな人が来ているのか?本当に自分も行っていいのかな?という人のために、利用法などの話をします。
子ども食堂のほとんどのは無条件に参加できます。子どもがひとりでも、親子でも、ご高齢であってもOK。
名前に「子ども」がついているだけで、「地域の人たちが集まる場」なのです。
コミュニティだからと言って、積極的に話をしたり、聞いたりする必要もありません。行きたいときに行き、帰りたいときに帰ればいいだけ。
中には少数ですが子ども限定、生活困窮家庭限定、というところもあります。(「むすびえ」の調査結果によると、困窮世帯に限定することろは、子ども食堂全体の4%~5%。)
また、少額でもお金の支払いが必要な場合もあれば、開催日時を限定しているところもあります。
基本的にはどんな人でも利用できる場所なのですが、いつでもやっているわけではないことに注意が必要です。
子ども食堂とはいえ、子どもだけで自力で行けることはあまりなく、大人側が事前に調べたり、逆に運営側が積極的に広告したりする必要があります。
いつやってるの?
いつやっているかわからない子ども食堂、全国でどれくらいの頻度でやっているのか、先ほど触れた農林水産省が実施したアンケート結果(アンケート実施:2017年10月)で見てみましょう。
- 頻度:月に1回あるいは2週間に1回が最多。
- 時間帯:夕飯時、土日祝日は昼ご飯時。
頻度については、毎日+週に1~2回の合計が全体の10%強という少なさですから、事前に調べることが必要です。
開催日時についてウェブサイト以外に、お住まいの市役所や社会福祉協議会などに問い合わせてみましょう。
子ども食堂ってどこにある?
具体的に調べるには「こども食堂ネットワーク」というサイト内の”こども食堂で食べたい人”から検索できます(詳しくはコチラから)。
お住まいのお近くの子ども食堂がに登録されていない場合もあります。その場合は、お住いの市役所や社会福祉協議会などに問い合わせましょう。
運営者がチラシを配布していたり、公的機関や子ども食堂の協力店舗にチラシが置かれている場合もあります。
子ども食堂が抱える問題
こども食堂の存在はめちゃくちゃ大事なのですが、実は課題が山積み。
農林水産省実施のアンケート結果(実施:2017年10月)から、運営者が「運営にあたり感じている課題」の結果の一部をご紹介します。(詳しくはコチラ)
- 来てほしい家庭の子供や親に来てもらうことが難しい(42.3)単位(%)
- 運営費(立上げ時を除いた普段の運営にかかる費用)の確保が難しい(29.6)
- 運営スタッフの負担が大きい(29.2)
- 学校・教育委員会の協力が得られない(17.2)
- 行政の協力が得られない(12.8)
- 調理・配膳スタッフの確保が難しい(12.4)
- 食中毒に不安を感じる(12.0)
- 食材を安定して確保できない(10.2)
- 参加者が増えすぎえて対応できない(9.5)
- 会場の確保が難しい(9.1)
どの項目も想像するに難しくない課題ではありますが、ダントツ1位が「来てほしい人たちが来ない」ことなのは意外でした。
「みんなの居場所」なのだから、運営サイドは、対象者を特定していないのかな?思っていたからです
とはいえ、子ども食堂の活動目的のところで話をしましたが、農水省のアンケート結果の2位が、「生活困窮家庭の子供の地域での居場所づくり(60%)」という結果でした。
そういうわけで、やはり運営者は救済したい対象がかなり明確になっているのかな?でももし来ないと何が問題なのか?とさらに調べてみることにしました。
来ている子が必要としている子
助けを求めたい、困っている人たちに、こども食堂へ来て欲しいのか?
その人たちが来ないことが問題であるならば、その困っている人たちに対して子ども食堂運営者や地域、自治体はどのようなアプローチをすることが適切なのか?
容易には答えの出ない疑問をもつ中で、湯浅誠さん(先述の「むすびえ」理事長)の記事「こども食堂に「来てほしい子」は来ているのか?」に出会いました。(2018年5月5日)
要約した形で一部紹介します。
- 子ども食堂の運営側が意図している利用対象者
低所得や養育困難な家庭の親や子 - こども食堂の「限界」1(運営者側の誤解)
こども食堂は、お金を配る場でも、子どもに行政的な「措置」を行う場でもない。つまり救済の場を念頭におく必要はない。 - こども食堂の「限界」2(利用者側の誤解)
・「自分よりもっと大変な家庭のための場所」と誤解して来ない
・「施されるのはまっぴらごめん」と反発して来ない
・人との関わりに抵抗があって来ない - すべてに限界がある
限界があるからそれぞれの役割があり、だから他者との連携が生まれる。限界があるものたちの積み重ねで世の中は動いていくので意気消沈する必要はない。 - 子ども食堂に来ている子は来たい理由がある
基本的に「(子ども食堂を)必要としている子が来ているか」ではなく「来ている子が必要としている子」という考えでOK。 - 子ども食堂は柔軟性があっていい!
ある基準で必要かどうかを振り分けるのは行政の原則で、それに対してこども食堂は民間の自発的活動。子ども食堂は柔軟な発想でOK。来ている人たちを喜んで迎え、喜んでもらうことが最大のメリット。
こども食堂の運営者は、地域みんなの居場所としながらも、困っている人を助けたい!という思いを持つ人が少なくないことがわかります。
それに対して、湯浅さんは原点回帰の発想で「子ども食堂はみんなの場だよ」と言ってくれているわけです。
貧困じゃなくても、(私のように)親に「出て来行きなさい!」と叱られちゃった子にも、居場所(避難所)が必要。子ども食堂に行く子が、食堂を必要としている子!
「困っている人に来てほしい」という運営者側の気持ちがあることは理解できます。
でも、そこには限界がある。記事には書かれていませんが、その限界を感じて食堂が継続困難となるケースがあるのです。
「来てほしい人(救済したい人たち)に対する効果的なアプローチなどない」という前提に立たないと、運営者は答えのない問題解決に奔走し、堂々巡りした結果、疲弊につながりかねないわけです。
来ない子どものことを想像するよりも、来てくれている目の前の子たちを笑顔にすることに注力した方が現実的であり、精神的にも健全な気がします。
このような取り組みをされる方々は、弱者のために何かしてあげたいという想像力が豊かで、心優しく、熱意あふれる方が多いはず。
だからこそ、柔軟に対応することで、運営側が過度な負担なく取り組み続けることにつなげてほしいと願ってやみません。
出来る範囲でやったことがすべてOK!!
サポートするには
子ども食堂でボランティアしたい!と思ったことのある人もいるでしょう。
私もそうです。子どもたちこそバランスの良い食事が必要!私が何かすることで、彼らの生活負担が減るならば…と思っていました。
でも自分の発想が貧困だったことが調べれば調べるほどわかるわけです。
例えおにぎり1個だけであっても「安心できる居場所」を提供することの方が、子ども食堂の意義がはるかにあるわけです。
同時に、「かわいそうな子」を助けるではなく、私の方こそ地域の一員に加えていただくという気持ちでいないと、健全なボランティア活動は成り立たない、と理解するに至っています。
サポート方法
子ども食堂にはいろいろなサポート方法があります。
- ボランティア活動
- 資金提供(クラウドファンディング、送金など)
- 現物支給(食べ物、備品など)
サポート色々な形でサポートができるのはいいことですよね。
そこで、2.の資金提供についていうと、先ほどの「むすびえ」さんも寄付を募っています。(詳しくはコチラ)
「子ども食堂が抱える課題」でも書きましたが、2位が運営費の確保だったので、資金援助は、かなり心強いはずです。
同じ資金提供でも、チケット制という面白い取り組みをしている子ども食堂を紹介します。
大阪にある「子ども食堂ひみつ基地」のケースを動画でご紹介します。よければご覧ください。
「子ども食堂 ひみつ基地」の概要です。(サポートなど詳しくはコチラ)
- 店主:佐藤正一さん
- 場所:〒593-8305 大阪府堺市西区堀上緑町2-2-15 リレーションビル102 居酒屋(夜営業)
- 時間帯:夕方(17:00~19:30)
- 頻度:週3回(火・木・土)
- 対象:小中学生カレー無料
- 資金現:クラウドファンディング+チケット制
チケット制について少し説明します。
このひみつ基地は、夜、居酒屋営業している店舗を開店前に借りています。
居酒屋のお客さんによる寄付で、チケットを購入してもらい、店内のボードに掲示されます。
居酒屋開店前の夕方に来店した小中学生は、お客さんが買ってくれたチケットをボードからとってカレーと引き換える。
という仕組みになっています。
「ひみつ基地」に子どもたちが来る理由は「ヒマだから」「楽しいから」。
子ども食堂を利用するのに、これ以上の理由って必要でしょうか?
逆に「ひみつ基地」がなければ、「暇を持て余すし」「楽しいことがない」状態になるかもしれないのです。
佐藤さんのコメントで印象に残ったことを紹介します。
- 「子育てって学校や親だけじゃなくて、できる大人がやったらいいんじゃないか」
- 「食べられることは当たり前じゃないから、支援して(チケットを買ってくれる)のは嬉しい。」という小学生の感想に対し「子どもはそれでいい。10年先に子どもたちが大人になったときにその時の気持ちが生かされると思うので。」
佐藤さんのこの二つのコメントは、自己責任と対極にある「お互い様」精神が宿っています。
さらに先ほど私も書かせてもらった「安心感」のバトンを次世代につなげる話につながります。
将来、その地域、引いては日本の居心地の良さにも必ずつながる発想です。
まとめ
ここまで子ども食堂にまつわることをお話しさせてもらいました。
まとめると以下の通り。
- 子ども食堂の趣旨:貧困救済から、地域の居場所づくりへと転換
- 子ども食堂の数:全国規模で足りていないものの、増えつつある
- ネットワーク:子ども食堂のネットワークはないが「むすびえ」がそれに代わる働きをしていること
- 活動目的:地域コミュニティに開かれた場
- 利用法、条件:大人が事前に調べたり、運営者側の働きかけの必要がある
- 子ども食堂が抱える問題:来てほしい人に来てもらえない、資金繰り、運営スタッフの負担
- サポート方法:ボランティア活動、資金援助、物資援助
コロナ禍で子ども食堂の数は増えたとはいえ、小学校の数より遥かに少ないことを知っている人、知っていてもそれが何を意味するか理解している人が少なくないと感じています。
子どもが安心できる生活圏内は子どもが一人で歩いていけるところなのです。
「ひみつ基地」の運営者佐藤さんが動画内で「子どもを育てるのは親や学校ばかりではない」と話されていますが、逆にその発想を持っている大人が少ないということです。
「自分で、家族だけで何とかしなければ」という大人も少なくないでしょう。
自身が10年間学校に勤務していた経験から、先生の中には「学校で何とか対応しなくては!」と苦しまれる方も一定数いると、確信しています。
そこに悪意は一ミリもなく、むしろ何とかしなくては、とマジメだから苦しい。
まずは大人が、お互いを頼り、地域と連携し合うことを始めることで、子どもより安心でき、生きやすくなる地域になっていくはずなのです。
「子ども食堂」こそ、地域のみんなをハッピーにし「安心のバトン」をつないでくれる拠点となるかもしれません。
目指せ、どんな人も安心して住める国、ニッポン!
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